2018年03月14日

サクラキャンディーが順番に・・・



サクラ・キャンディーが咲いてきましたが後2つは蕾です。キョロキョロ



2つ目の蕾が開花しました。キョロキョロ



やっと3つ目が咲いて綺麗に揃いました。拍手拍手  


Posted by すまいるガーデン  at 15:59Comments(0)温室の花

2018年03月08日

天我が材を生ずる必ず用あり



3月号
天我が材を生ずる必ず用あり

この言葉は唐代の詩人・李白の言葉である。
材には才能の意味もあるが、身体の意味もある。後者の意を採れば、天は自分という人間をこの世に生んだ、天が生んだ自分には必ず用、即ち役割、使命がある、と解釈できる。
せっかく人間としてこの世に生まれてきたのである。自らの使命に気づき、それを果たさないでは生まれてきた甲斐がない。
李白は己の覚醒をこの詩に託したのだろう。

明代の哲人・陳白沙にはこういう言葉がある。
「人七尺の身体を具うるも、此の心、此の理を除了すれば、便ち貴ぶべきなし。すべてこれ一包の膿血裏、一大塊の骨頭のみ・・・即ちこれを命けて禽獣というも可なり」

人間から心、道理を除いてしまうと、ひと包みの膿と血の袋、大きな骨の塊にしかすぎず、鳥や獣と変わらない。換言すれば、人は志や理想を持って初めて人となる、ということである。

志、夢、理想を持つことこそが用を知るための前提といえる。キョロキョロ

次に大事なのは、自分の仕事に精一杯打ち込むことだ、とは多くの先達が教えるところである。趣味では人間は磨かれない。人は仕事を通してしか自分を磨くことはできない。

そしてもう一つ大事なことは、「休まず、続ける」ことだろう。good

「学問の大禁忌は作輟にあり」と吉田松陰はいっている。
学問は修めていく上でもっともよくないのは、やったりやらなかったりすることだ、というのである。自明の理であろう。
  


Posted by すまいるガーデン  at 08:52Comments(0)致知の学び

2018年03月03日

遠くへ行きたいなら



3月号

遠くへ行きたいなら

アフリカのある国の諺に、「早く行きたいなら一人で行け。遠くへ行きたいなら一所に行け」という言葉があります。
急ぐ時には、数人で連れ立って行くよりも、一人でサッサと歩いた方が早く着き、遠くへ行くには、自然環境が厳しいアフリカでは、皆で助け合った方が確実に目的地へ着くことができたのでしょう。
仕事を進める際にも、同じことが言えます。会社や団体の方針に則って年度目標を策定し、そこを目指す場合、皆で協力し、能力や個性を補い合いながら進むことで、より確実に成果を上げることができます。
反対に、急いで対処しなければならない事態に直面すれば、皆の意見をまとめるより、責任者の判断で切り抜けなければならないこともあります。
一人で行なうか、協力して行なうか、どちらが良いかというのは、その時その場に応じて変化するものです。職場におけるリーダーには、常にその見極めが求められると心得ておきましょう。キョロキョロ

今日の心がけ


求められていることを見極めましょう  


Posted by すまいるガーデン  at 07:32Comments(0)朝礼

2018年02月09日

活機応変



2月号
活機応変

「巻頭の言葉」  JFEホールディングス特別顧問  數土 文夫氏

古代中国の斉の名宰相・管仲
賞罰明らかになれば則ち徳の至れるものなり

政・官・財、あらゆるところで不祥事が相次いでいます。さらに残念なことは、いずれの不祥事も責任の所在が明らかにされていないことです。
リーダーは信賞必罰の重み、そしてその実践は徳の極致であることを理解すべきだと言っております。
現場を熟知していないリーダーに、的確な信賞心罰の実践は不可能です。平素から現場に足繁く通って実情を十分把握しておくこと。その上で、なぜその人が褒めるに値するか、なぜその人を罰するのかを明確にして皆を納得させ、組織の士気が上がるよう努めなければならないのです。

管仲は次のようにも説いています。
「衆人のその心を用うるや、愛は憎しみの始め、徳は怨みの本なり。ただ賢者は然らず」

凡人は、報いられることを期待する。したがって誰かをえこひきいきすれば憎しみのもとになり、誰かを罰すれば怨みを買う。ゆえに多くの人は、徳の極みである賞罰を明らかにすることをちゅうちょしますが、賢者はそうではないということです。

徳を積んでいる者は決して孤立することなく、必ず理解者が現れるというのが一般的な解釈です。
安易に徳を実践すると皆から疎まれ孤立する場合が普通だ。しかし、勇気を持ってこれを為せば良い結果がもたらされ、その決断を評価する賛同者が後々の世でも必ず現れることを示唆しているとも言っているのです。
  


Posted by すまいるガーデン  at 10:03Comments(0)致知の学び

2018年02月08日

事八日



2月号

事八日

2月8日は「事八日」と呼ばれ、使い終わった道具を供養する風習があります。「事八日」は年に二回あり、12月8日と共に、新たな事を始めたり、事を納めたりする日だとされています。全国各地の寺社では、針供養や人形供養などの行事が行なわれています。
昔の人は、長い間大事にしていた物には「付喪神」という神が宿り、粗末に扱うと、祟りや災いが起こると信じていました。キョロキョロ
針供養は、縫い針を休ませて、針の労をねぎらう行事として、江戸時代に広まりました。硬い生地に何度も刺されて古くなった針を、感謝と気持ちを込めて、柔らかい豆腐やこんにゃくに刺して、裁縫の上達を願います。
人形供養は、子宝に恵まれるように、または、子供が健康に育つようにと祈願して、それらの祈願が成就した時に、人形を奉納、供養したことが始まりだといわれています。
私たちのために働いてくれた、物への感謝が、「事八日」という供養なのです。拍手

今日の心がけ

物に感謝しましょう

物を大切にする心・・・・とても大切ですね。
普段使っている物は当たり前だと考えがちですが、自分の体の一部にもなりまた自分にはできない事を成し遂げる道具となって活躍してくれています。
本当に物に感謝しましょう・・・good
  


Posted by すまいるガーデン  at 07:47Comments(0)朝礼