2018年02月09日

活機応変



2月号
活機応変

「巻頭の言葉」  JFEホールディングス特別顧問  數土 文夫氏

古代中国の斉の名宰相・管仲
賞罰明らかになれば則ち徳の至れるものなり

政・官・財、あらゆるところで不祥事が相次いでいます。さらに残念なことは、いずれの不祥事も責任の所在が明らかにされていないことです。
リーダーは信賞必罰の重み、そしてその実践は徳の極致であることを理解すべきだと言っております。
現場を熟知していないリーダーに、的確な信賞心罰の実践は不可能です。平素から現場に足繁く通って実情を十分把握しておくこと。その上で、なぜその人が褒めるに値するか、なぜその人を罰するのかを明確にして皆を納得させ、組織の士気が上がるよう努めなければならないのです。

管仲は次のようにも説いています。
「衆人のその心を用うるや、愛は憎しみの始め、徳は怨みの本なり。ただ賢者は然らず」

凡人は、報いられることを期待する。したがって誰かをえこひきいきすれば憎しみのもとになり、誰かを罰すれば怨みを買う。ゆえに多くの人は、徳の極みである賞罰を明らかにすることをちゅうちょしますが、賢者はそうではないということです。

徳を積んでいる者は決して孤立することなく、必ず理解者が現れるというのが一般的な解釈です。
安易に徳を実践すると皆から疎まれ孤立する場合が普通だ。しかし、勇気を持ってこれを為せば良い結果がもたらされ、その決断を評価する賛同者が後々の世でも必ず現れることを示唆しているとも言っているのです。



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Posted by すまいるガーデン  at 10:03 │Comments(0)致知の学び

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