2017年12月16日

遊(ゆう)


12月号
遊(ゆう)


遊(ゆう)。遊ぶ。古くは「游」とも書いた。
漢字の大家、白川 静氏によれば、遊とは神びが原義で、神とともにする状態のことだという。
遊は暇つぶしではない。また何かの為にするものでもない。子供の遊ぶ姿にそれは如実である。遊ぶ子供は、どんな遊びであれ、その遊びと一体になっている。夢中である。無心である。
昔、明治生まれの大人たちには、人生そのものを遊んでいたかの様な人が多い。百歳の時に30年分の仕事の材料を買いこんでいたという彫刻家の平櫛田中はその典型である。

こんな言葉もある・・・
「六十七十ははなたれ小僧、男盛りは百から百から」
「五十六十ははなたれ小僧、七十八十働き盛り、九十になって迎が着たら、百まで待てと追い返せ」

人生を楽しみ遊んでいた人の姿が見えてきます。
遊び心を忘れずに頑張りましょう・・・good



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Posted by すまいるガーデン  at 11:49 │Comments(0)致知の学び

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